沼津倶楽部 (沼津市/静岡県)～近代和風建築・有形文化財の宿

有形文化財である和館での食事は特別なひと時

ライトが無くても明るいお部屋。しかし外からは丸見え

静岡県沼津市の千本松原に位置するスモールラグジュアリーホテル「沼津倶楽部」。ミツワ石鹸2代目社長・三輪善兵衛が沼津市から約3,000坪の土地を借り受けて建てた近代和風建築の別邸「松岩亭(しょうがんてい)」が、約100年の時を経て「千本松・沼津俱楽部」として甦りました。
元々は千人茶会が行えるように全室茶室として設計されたそうですが、戦時中には将校たちの休息所として陸軍に取り上げられてしまいます。今のような宿泊施設となったのは2006年のこと。老朽化した建物を改修し、新たに建築家・渡辺明氏の設計で宿泊棟を増築、「沼津俱楽部」が誕生しました。このホテルはかつて那須の二期倶楽部を経営していた、日本の高級リゾートのパイオニア「二期リゾート」が運営しています。
また和館にある「昭和の間」は、戦後に憲法の草案が話し合われたという歴史的価値のある場所。そういった歴史や美しさの観点から、「沼津俱楽部」の和館は国の有形文化財に登録されているのです。現在はレストランやライブラリーとして使用されていて、建物内を自由に見学することも出来ます。

貸切風呂の1つ。手前がサウナ用の水風呂。

最初「沼津俱楽部」という名前を聞いた時は「なんだその老人会みたいな名前は」と思っていたのですが、そのダサさとは対照的に、水盤に面した数寄屋造りの建物は趣があります。この日は水場を求めて沢山のトンボがお部屋の前を飛び交っていて、より風流な景色が広がっていました。スタッフさんも皆さん(一部を除く)ご年配の方が多く、ここに漂うレトロなムードに相応しいと感じました。
全8室のお部屋からは千本松原の自然と池が見渡せます。窓からお部屋に明るい陽射しが差し込む造りになっていて、日中は電気も要らないほど。現代的な建物に和の要素が散りばめられていて、和館との雰囲気も合っています。私が泊まった103号室は定員3名56平米の和室。温かみのあるウッド調の室内はやや小ぢんまりとしていて、お布団で眠るタイプのお部屋になります。部屋は小上がりになっていて、靴を脱ぐ場所にテーブルや椅子、キッチンなどがあるちょっと変わった造りでした。お風呂は温泉ではありませんが、檜のお風呂でゆったり。しかし湯船も洗い場も洗面所もトイレもひと繋ぎになっていて若干使い勝手が悪かったです。
また目前に池が広がっていて開放感はありますが、ガラス張りのせいで外から中の様子が丸見え。一応簀戸(すど)が付いていますが、それでも夜は外を歩いていてハッキリ中の様子が窺えてしまいます。他の宿泊者の目を気にして着替えは奥の部屋でするなど、ちょっと不便な点でした。

お部屋の前には大きな池が。

お部屋に若干の不満はあったものの、貸切風呂に関してはかなり評価が高かったです。普通貸切風呂というと小さいものが多いですが、ここのお風呂は共同の大浴場と言われても納得できるくらいの広さ。中には室内風呂と岩盤浴、サウナ、外には露天風呂までありとても充実しています。いつも長風呂をしないタイプなので1時間貸切と言われても時間を余らせてしまうことがほとんどなのですが、ここは様々な楽しみ方が出来るので時間いっぱいまで利用させていただきました。
また有形文化財の和館でいただく食事も「沼津俱楽部」を語る上で外してはいけません。靴を脱ぎスリッパに履き替えると、カーペットが敷かれた食事処に案内されます。建物自体は伝統的な日本家屋なのですが綺麗にテーブルセットが施されていて、なんだか文明開化の時代にタイムスリップしたかのよう。料理は四季折々の食材を使用した和食。純粋な懐石料理というよりは、メインを牛すじ煮込みと和牛ロースにしたり、デザートに杏仁豆腐を採用するなど工夫があります。量は全体的に多いですが味も申し分なく、部屋の雰囲気とも合っていたように思います。
全国松原百景にも選ばれた東海道随一の景勝地、千本松原。そんな素晴らしいロケーションにあり、歴史的にも重要な意味を持つ建物をこうして宿泊施設として使っているというのは非常に面白い試みだと感じました。話題のタネとして、こうした有形文化財の宿に泊まってみるのも1つの選択肢でしょう。(2021年7月訪問)